兵庫県宝塚市小林に位置する東寺真言宗の塔頭寺院。飛鳥時代(587年頃)に用明天皇の命で聖徳太子が創建したと伝わる武庫山平林寺の四院塔頭——成就院・西光院・成福院・宝寿院——の筆頭であり、兄弟塔頭の中で唯一、東寺真言宗を奉じる。平林寺は天正6年(1578年)に荒木村重の乱で全焼したが、江戸時代の寛永年間(1624〜1644年)に再興された際、参道の両脇に四院の塔頭が整備された。成就院はその一角に座を占め、法脈の正統を示す東寺真言宗の修法と信仰を現代まで受け継ぐ。親寺・平林寺は摂津国三十三箇所第2番・摂津国八十八箇所第73番の霊場であり、成就院はその法灯の一翼として巡礼者や地域の参拝者を迎える。阪急今津線逆瀬川駅から徒歩約5〜7分。
成就院の成立は、平林寺の江戸時代再興(寛永年間、1624〜1644年)に求められる。平林寺はその寺伝によれば、飛鳥時代の587年頃、用明天皇の命を受けた聖徳太子が摂津国武庫郡に建立した「武庫七寺」の一つである。平安時代には如一尼(にょいちに)が衰退した伽藍を再興したと伝わり、中世にかけて武庫山麓の聖地として地域信仰を集めた。
天正6年(1578年)、摂津の国主・荒木村重が突如織田信長に謀反を宣言した有岡城の戦いの兵火により、平林寺の堂宇は全山焼失した。荒木村重の乱は翌天正7年(1579年)に信長方の勝利で終結したが、平林寺は灰燼に帰した。
江戸時代に入り、地域の信仰に支えられた復興が進み、寛永…