市川市若宮に佇む法華経寺の奥之院にして「法華経寺発祥の地」。鎌倉中期、下総国守護・千葉頼胤に仕えた御家人・富木常忍(とき・じょうにん、1216-1299)が八幡荘若宮と呼ばれたこの地に館を構え、日蓮宗の歴史はここから始まった。文応元年(1260年)、日蓮が鎌倉松葉ヶ谷で念仏信者に焼き討ちされた際、常忍を頼って若宮に難を逃れ、常忍は館内に法華堂を建てて日蓮を迎えた。以後日蓮はこの堂で約100回に及ぶ説法を行い、『唱法華題目抄』『立正安国論』など重要著述の構想を練ったとされ、当地は「初転法輪の旧跡」と尊崇される。弘安5年(1282年)日蓮入滅後、常忍は出家して日常と号し、法華堂を「法華寺」と改称。後に中山の本妙寺と合体して「法華経寺」となり、日常は法華経寺初世となった。境内には日蓮が自ら植えたと伝わる松もあり、鎌倉仏教史・日蓮宗発祥史における最重要史跡の一つ。JR西船橋駅から北東へ徒歩約25分…