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法華経寺奥之院(若宮館跡)
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法華経寺奥之院(若宮館跡)
千葉県
創建
1260
種別
寺院
アクセス
京成中山駅より徒歩15分、JR西船橋駅より徒歩25分
千葉県市川市若宮2-21-1
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基本情報
寺院
創建 1260
766年目
御祭神・御本尊
日蓮聖人御影
開基・創建者
開基: 富木常忍(日常)
宗派
日蓮宗
概要
市川市若宮に佇む法華経寺の奥之院にして「法華経寺発祥の地」。鎌倉中期、下総国守護・千葉頼胤に仕えた御家人・富木常忍(とき・じょうにん、1216-1299)が八幡荘若宮と呼ばれたこの地に館を構え、日蓮宗の歴史はここから始まった。文応元年(1260年)、日蓮が鎌倉松葉ヶ谷で念仏信者に焼き討ちされた際、常忍を頼って若宮に難を逃れ、常忍は館内に法華堂を建てて日蓮を迎えた。以後日蓮はこの堂で約100回に及ぶ説法を行い、『唱法華題目抄』『立正安国論』など重要著述の構想を練ったとされ、当地は「初転法輪の旧跡」と尊崇される。弘安5年(1282年)日蓮入滅後、常忍は出家して日常と号し、法華堂を「法華寺」と改称。後に中山の本妙寺と合体して「法華経寺」となり、日常は法華経寺初世となった。境内には日蓮が自ら植えたと伝わる松もあり、鎌倉仏教史・日蓮宗発祥史における最重要史跡の一つ。JR西船橋駅から北東へ徒歩約25分…
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由緒
鎌倉中期、千葉頼胤の御家人・富木常忍(1216-1299)の館(若宮館)があった地。文応元年(1260年)松葉ヶ谷法難を逃れた日蓮を常忍が受け入れ、館内に法華堂を建立。日蓮は約100回に及ぶ説法を行う。弘安5年(1282年)日蓮入滅後、常忍は日常と号して法華堂を法華寺と改称、後に中山本妙寺と合体して法華経寺となる。
日蓮とのつながり
文応元年(1260年)8月、日蓮は鎌倉松葉ヶ谷の草庵を念仏信者の大衆に襲撃・焼き討ちされた(松葉ヶ谷法難)。日蓮はこれを逃れ、下総国の御家人で熱心な法華信者だった富木常忍を頼って八幡荘若宮の常忍館に難を避けた。常忍は館内に法華堂を建てて日蓮を迎え、以後日蓮は若宮館で約100回に及ぶ説法を行い、『唱法華題目抄』執筆、『立正安国論』の構想を練ったと伝わる。この地での日蓮の活動は日蓮宗の関東布教の基点となり、弘安5年(1282年)入滅後も常忍が法華堂を法華寺に改め、後の法華経寺の基礎を築いた。奥之院は「初転法輪の旧跡」として日蓮宗史において最重要の聖地の一つに数えられる。

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