報国寺は、鎌倉市浄明寺に位置する臨済宗建長寺派の寺院で、正式名称を功臣山報国建忠禅寺(こうしんざんほうこくけんちゅうぜんじ)という。「竹の寺」の愛称で広く知られ、境内奥の約2000本の孟宗竹(もうそうちく)が織りなす幽玄な竹林は、鎌倉を代表する景観として国内外から多くの観光客を惹きつけている。ミシュラン・グリーンガイドで三つ星を獲得したことでも話題となり、外国人観光客の間でも鎌倉で最も人気の高い寺院の一つとなった。建武元年(1334年)に天岸慧広(てんがんえこう、仏乗禅師)が開山、足利家時(足利尊氏の祖父)が開基として創建されたと伝えられる。宅間上杉家の祖・上杉重兼を開基とする説もあり、足利氏と上杉氏という有力武家と深い関わりを持つ。開山の天岸慧広は中国で禅を修めた高僧であると同時に宅間流の画に秀でた芸術家でもあったと伝えられ、その美意識が報国寺の端正な佇まいに反映されているとされる。報国…
報国寺は建武元年(1334年)、天岸慧広(仏乗禅師)によって創建された。開基については足利家時(足利尊氏の祖父)とも上杉重兼とも伝えられ、いずれも鎌倉幕府末期から南北朝時代にかけての有力者である。天岸慧広は、中国に渡って修行した後、帰国して建長寺の住持を務めた高僧であった。
創建以来、報国寺は足利氏の庇護を受けた。室町時代には鎌倉公方の足利氏が関東の統治者として鎌倉に居を構えており、報国寺はその菩提寺として重要な地位を占めた。永享11年(1439年)の永享の乱では、鎌倉公方・足利持氏が幕府軍に敗れ、その子・義久が報国寺で自刃するという悲劇が起きた。これにより鎌倉公方の直系は断絶し、以後の関東…