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防衛省市ヶ谷記念館
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防衛省市ヶ谷記念館
東京都
創建
1937
種別
史跡
アクセス
JR・東京メトロ市ケ谷駅から徒歩10分(事前予約の市ヶ谷台ツアーで見学可)
東京都新宿区市谷本村町5-1(防衛省市ヶ谷地区内)
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基本情報
史跡
創建 1937
89年目
概要
東京都新宿区市谷本村町の防衛省市ヶ谷地区の一角に移築保存される歴史的建造物。昭和12年(1937年)6月、陸軍士官学校本部「1号館」として建設された鉄筋コンクリート造。太平洋戦争中は陸軍省・参謀本部(大本営陸軍部)が置かれ、日本の戦争遂行の中枢として機能した。戦後の昭和21年(1946年)5月3日から昭和23年(1948年)11月12日まで、1号館の大講堂が「極東国際軍事裁判(東京裁判)」の法廷として用いられ、東條英機ら28名のA級戦犯被告が裁かれた場として日本近現代史の最重要空間となった。昭和45年(1970年)11月25日、三島由紀夫と「楯の会」メンバーが陸上自衛隊東部方面総監部(1号館2階)を占拠し、総監を人質にとってバルコニーから自衛官に決起を呼びかけた後、総監室で割腹自殺した「三島事件」の現場でもある。現在の記念館には三島が刀でドアを斬った「刀傷」が保存されている。平成10年(1…
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由緒
昭和12年(1937年)陸軍士官学校本部「1号館」として建設。太平洋戦争中は陸軍省・参謀本部が入居。昭和21年(1946年)5月3日〜昭和23年(1948年)11月12日、大講堂が極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷に。昭和45年(1970年)11月25日、三島由紀夫と楯の会が東部方面総監部を占拠し総監を人質にとった後、三島が割腹自殺(三島事件)。平成10年(1998年)庁舎解体時に便殿の間・旧校長室・本部車寄せ・大講堂など歴史的重要部分のみを移築保存。
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