山口県山口市天花に鎮座し、中国地方を統一した戦国大名・毛利元就(1497〜1571年)を祭神とする神社。明治2年(1869年)に明治天皇から「豊栄」の神号を賜り、明治4年(1871年)に萩城から現在地に遷座。明治15年(1882年)に別格官幣社に列せられた。境内西隣には維新回天に尽力した13代藩主・毛利敬親を祀る野田神社が並立し、毛利家の歴史を今に伝える一大聖域をなす。社蔵品の「絹本著色毛利元就像」(永禄5年・1562年)は毛利隆元が父の66歳の長寿を祝して発注した唯一の寿像で、国指定重要文化財として山口県立博物館に寄託されている。瑠璃光寺五重塔から徒歩圏内、「西の京」山口の歴史文化エリアに立地する。
毛利元就(1497〜1571年)は安芸国吉田郡山城(現・広島県安芸高田市)を本拠とし、謀略と外交を駆使して中国地方10カ国を統一した戦国最大の版図を誇る大名。「三本の矢」の逸話で知られる通り、長男・隆元、次男・元春(吉川家)、三男・隆景(小早川家)の「毛利両川体制」を確立し、一族の結束を政治と軍事の根幹に置いた。
元就の霊を最初に祀ったのは孫の毛利輝元で、慶長年間(1600年頃)に萩の春日社(後の青山神社)に霊を遷した。宝暦12年(1762年)、8代藩主・毛利重就が祭祀を整備して「神性霊社」と称した。
明治維新後の明治2年(1869年)、明治天皇から「豊栄大明神」の神号を賜与。明治4年(187…