大内弘世は14世紀後半、山口を「西の京都」と呼ばれる文化都市へと発展させた。応安3年(1370年)に京都の祇園社から素盞嗚尊を勧請したのは、都の祇園文化を山口に根付かせる試みの一環であった。当初は竪小路に創建され、長禄3年(1459年)に大内教弘が水の上へ移建、その後大内義興が高嶺(鴻ノ峯の麓)へ遷座させ、永正17年(1520年)に現存本殿を新築した。この本殿は大正6年(1917年)に国指定重要文化財となり、室町後期の神社建築の傑作として評価される。
現在地である大内氏の築山館跡への遷座は、元治元年(1864年)に毛利敬親が萩から山口へ藩庁を移した際に行われた。大内氏の邸宅跡は当時すでに畑地…