貞観元年(859年)、南都大安寺の僧・行教が豊前国宇佐神宮に参籠した際、八幡大神の託宣を受け、翌860年に男山(鳩ヶ峰)の山上に社殿を造営・鎮座したことに始まる。朝廷からは伊勢神宮に次ぐ「第二の宗廟」として崇敬され、二十二社の上七社に列する最高格式を誇った。平安・鎌倉時代には源氏の氏神として源頼朝をはじめ多くの武将が武運長久を祈願し、武家政権との深い結びつきが形成された。南北朝期には境内が戦乱に巻き込まれる局面もあったが、室町・戦国期を経ても勅祭社としての権威は保たれた。江戸時代には徳川幕府の庇護を受け、現存する国宝の本社社殿(八幡造り)は寛永11年(1634年)に三代将軍徳川家光の寄進により…