貞観5年(863年)、天台宗の高僧・円仁(慈覚大師)が創建したと伝わる古刹で、当初は天台宗の寺院として建立された。後白河天皇の発願による京都六地蔵の整備に際し、鞍馬口の北の街道入口に「鞍馬口地蔵」が安置され、都の玄関口を守護する寺院として広く信仰を集めた。文禄3年(1594年)頃、豊臣秀吉による京都改造に伴い浄土宗に転宗したとされる。江戸時代を通じて毎年8月の地蔵盆に多くの参拝者が訪れる慣習が続いた。元治元年(1864年)の禁門の変では周辺が激戦地となり、命を落とした長州藩士の慰霊碑が境内に建立されている。明治以降も浄土宗寺院として地域の信仰を守り続けている。