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阿弥陀寺(上京区)
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阿弥陀寺(上京区)
京都府
創建
1555
種別
寺院
アクセス
市バス「河原町今出川」停から徒歩約3分
京都府京都市上京区鶴山町14-14
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1555
471年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
開基・創建者
玉誉清玉上人
宗派
浄土宗
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
概要
天文年間(1532-55年)に清玉上人が創建した浄土宗の寺院。天正10年(1582年)の本能寺の変で信長が横死すると、上人は戦闘中の本能寺へ駆けつけて遺灰を持ち帰り当寺に葬った。以来「織田信長公本廟」として知られ、長男・信忠や小姓・森蘭丸ら120余名が境内に眠る。
由緒
開山の清玉上人(玉誉清玉、生年不詳-1584年)は浄土宗の僧で、天文年間(1532-55年)に近江国坂本で当寺を開創し、やがて織田信長の帰依を受けて京都の今出川大宮へ移転・発展させた。信長は清玉を深く帰依し、当寺を自らの菩提寺と位置づけたとされる。 天正10年(1582年)6月2日早暁、明智光秀の謀反による本能寺の変が勃発した。包囲された信長は自刃し、本能寺は業火に包まれた。清玉上人は明智軍の包囲が続く中、命がけで本能寺へ駆けつけ、信長の遺灰を持ち帰って阿弥陀寺に葬ったと伝わる。さらに二条城(新城)で交戦の末に自害した長男・信忠の遺骸も収め、小姓・森成利(森蘭丸)をはじめとする武士ら120余…
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豊臣秀吉とのつながり
天正13年(1585年)、豊臣秀吉は京都改造の一環として寺町通を整備した際、阿弥陀寺を現在地(寺町通今出川上ル)へ移転させた。この普請により、本能寺の変で横死した織田信長の遺灰や、森蘭丸ら120余名の武士たちの墓もあわせて遷された。

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