開山の清玉上人(玉誉清玉、生年不詳-1584年)は浄土宗の僧で、天文年間(1532-55年)に近江国坂本で当寺を開創し、やがて織田信長の帰依を受けて京都の今出川大宮へ移転・発展させた。信長は清玉を深く帰依し、当寺を自らの菩提寺と位置づけたとされる。
天正10年(1582年)6月2日早暁、明智光秀の謀反による本能寺の変が勃発した。包囲された信長は自刃し、本能寺は業火に包まれた。清玉上人は明智軍の包囲が続く中、命がけで本能寺へ駆けつけ、信長の遺灰を持ち帰って阿弥陀寺に葬ったと伝わる。さらに二条城(新城)で交戦の末に自害した長男・信忠の遺骸も収め、小姓・森成利(森蘭丸)をはじめとする武士ら120余…