甲斐善光寺は、永禄元年(1558年)に武田信玄が信濃善光寺の本尊・善光寺如来像および堂塔伽藍の様式を甲斐国へ移したことに始まる。川中島の合戦が続くなか、上杉謙信による本尊略奪を防ぐための措置であったとされる。信玄はこの地に壮大な伽藍を整備し、武田氏の菩提寺的な役割を担わせた。天正10年(1582年)の武田氏滅亡後、本尊は再び信濃善光寺へ戻されたとされ、その後も織田・徳川の支配下で寺の命脈は保たれた。江戸時代には徳川家の庇護のもとで伽藍が再興され、現存する本堂は江戸中期に再建されたものとされる。この本堂は国の重要文化財に指定されており、桁行七間・梁間六間の大型建築として今日に伝わる。明治期の廃仏…