武田神社
武田神社
山梨県
信玄の居館跡に建つ甲斐国総鎮守、武運と勝負の神を祀る戦国の聖地
創建
1919
種別
神社
アクセス
JR甲府駅からバス8分
山梨県甲府市古府中町2611
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 1919
107年目
御祭神・御本尊
武田信玄
概要
戦国の雄・武田信玄を祀る神社で、信玄の居館跡「躑躅ヶ崎館」に鎮座する甲斐国の総鎮守。大正8年(1919年)に信玄公を祭神として創建された。境内には武田氏館跡の堀や土塁が残り、国の史跡に指定されている。宝物殿には信玄直筆の書状・合戦扇・甲冑など貴重な武田家ゆかりの品々を収蔵。勝負・仕事・学業の神として全国から武運祈願の参拝者が訪れ、甲府市最大のパワースポットとして信仰を集めている。毎年4月12日の信玄祭には甲府市を挙げた盛大な行列が行われる。
由緒
永正16年(1519年)、武田信虎が躑躅ヶ崎に居館を構え、信玄・勝頼と三代にわたり甲斐国の政庁として機能した。天文10年(1541年)に信玄が父・信虎を追放して以降、信濃侵攻などの軍略がこの館から指揮され、軍師・山本勘助も信玄に仕えたと伝わる。天正10年(1582年)の武田氏滅亡時には、勝頼は既に本拠を新府城へ移していた。大正8年(1919年)、館跡に武田信玄を祭神として武田神社が創建された。境内には武田氏館跡(躑躅ヶ崎館)の堀や土塁が残り、国の史跡・日本100名城に指定されている。

ゆかりの人物
3

武田信玄
甲斐の虎
創建時 398歳(没後)
この地はもともと武田信玄の居館「躑躅ヶ崎館」があった場所。信玄は天文10年(1541年)に父・信虎を追放してから、信濃侵攻や上洛をめざす西上作戦まで、甲斐経営の一切をこの館で指揮した。元亀4年(1573年)に西上の途上で没するまで本拠であり続け、大正8年(1919年)に信玄を祭神として武田神社が創建された。宝物殿には信玄直筆の書状や愛用の甲冑が収蔵されている。
山本勘助
信玄の伝説的軍師
創建時 418歳(没後)
山本勘助は武田信玄に仕えたと伝わる軍師・築城家で、躑躅ヶ崎館で信玄に謁見し、その才を認められて取り立てられたという(『甲陽軍鑑』による伝承)。信玄の軍略を支え、永禄4年(1561年)の第四次川中島の戦いで討死したと伝わる。長く軍記物の創作とされてきたが、近年その実在を示す史料が見出され、武田家臣としての姿が再評価されている。
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード