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甲斐善光寺
甲斐善光寺
山梨県
創建
1558
種別
寺院
アクセス
JR甲府駅北口からバス約15分、善光寺下車すぐ
山梨県甲府市善光寺3-36-1
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基本情報
寺院
創建 1558
468年目
宗派
浄土宗
概要
甲府市善光寺に位置する浄土宗の古刹。武田信玄が永禄元年(1558年)に信濃善光寺の本尊・善光寺如来をはじめ、堂塔・伽藍の様式ごと甲斐国へ移したことに始まる。川中島合戦の際、上杉謙信による略奪を避けるための措置とされる。本堂は国の重要文化財に指定されており、江戸時代に再建された壮大な建物が今も残る。境内には武田家ゆかりの文化財が多数伝わり、信玄の菩提を弔う寺院としても知られる。善光寺参りと合わせて甲府の歴史観光の定番スポット。
由緒
甲斐善光寺は、永禄元年(1558年)に武田信玄が信濃善光寺の本尊・善光寺如来像および堂塔伽藍の様式を甲斐国へ移したことに始まる。川中島の合戦が続くなか、上杉謙信による本尊略奪を防ぐための措置であったとされる。信玄はこの地に壮大な伽藍を整備し、武田氏の菩提寺的な役割を担わせた。天正10年(1582年)の武田氏滅亡後、本尊は再び信濃善光寺へ戻されたとされ、その後も織田・徳川の支配下で寺の命脈は保たれた。江戸時代には徳川家の庇護のもとで伽藍が再興され、現存する本堂は江戸中期に再建されたものとされる。この本堂は国の重要文化財に指定されており、桁行七間・梁間六間の大型建築として今日に伝わる。明治期の廃仏…
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上杉謙信とのつながり
信玄が善光寺如来を甲斐へ移したのは、越後の上杉謙信が信濃に侵攻した際に仏像が略奪される危険を避けるためとされる。謙信もまた善光寺如来への信仰が深く、後に越後の春日山城下の浜善光寺に本尊を迎えたとも伝わる。両雄の善光寺如来をめぐる争いは戦国の信仰と権威の争いでもあった。
武田信玄とのつながり
永禄元年(1558年)、信玄は第四次川中島合戦を前に、上杉謙信の略奪を防ぐため信濃善光寺の本尊・善光寺如来像を甲斐へ移送した。本尊とともに堂宇の様式まで移植するという大事業は、信玄が善光寺如来に深く帰依していた証であり、甲斐国の仏教振興への強い意志を示す。

ゆかりの人物
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