養老7年(723年)、越前(現・福井県)の名僧・泰澄大師が腰越の地を訪れ、自ら敬信する十一面観音を安置して創建したと伝わる。泰澄(683〜767年)は「越の大徳」と称され、白山(石川・福井・岐阜県境)を開山した修験道の祖として知られる。寺宝の木造十一面観音坐像は行基(668〜749年)の作と伝えられ、奈良時代の仏教信仰の広がりを物語る遺品。江戸時代には龍口明神社の別当寺として神社の祭祀・管理を担い、腰越地区の宗教的中枢を担った。慶応4年(1868年)の神仏分離令で別当制度が廃止されると、純然たる真言宗の寺院として独立。以後も東国八十八ヶ所霊場の第86番札所として巡礼者を迎え続けてきた。平成9年…