小動神社(こゆるぎじんじゃ)は、鎌倉市腰越の小動岬に鎮座する神社。社名は「風もないのに枝葉が揺れる不思議な老松」に由来し、「相模風土記」には「この松、平日風なきに枝葉靡き動く、その妙音琴瑟の如し、天女遊戯の霊木なり」と記される。文治年中(1185年)、源頼朝の家臣・佐々木盛綱が江の島弁財天に参詣の途次、この岬に立ち寄り、霊妙に揺れる松に感動して近江国(現・滋賀県)の八王子宮を勧請したのが創建の由来である。元弘3年(1333年)、鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞が報賽として剣一振に黄金を添えて寄進し社殿を再興、「八王子宮縁起」に中興の祖と称えられた。高台の展望台からは腰越漁港と江の島を一望でき、江戸時代には番所として機能した。7月の天王祭は江の島八坂神社と共同で開催され、「唐破風屋根・小型木製車輪・廻り舞台」を三大特徴とする湘南型山車の元祖とされる山車が練り歩く。日本遺産「いざ、鎌倉」の構成文化財…
文治年間(1185〜1189年)、源頼朝の家臣・佐々木盛綱が創建した。盛綱は寿永3年(1184年)の源平合戦において、わずか六騎で平行盛を追伐した武功により神恩を感じ、父祖の地・近江国(現・滋賀県)の守護神である八王子宮を鎌倉近郊に勧請する地を探していた。ある日、江の島弁財天への参詣の途次に小動山に登り、風もないのに枝葉が揺れ音色は琴瑟のごとき老松を見て「天女遊戯の霊木」と感得し、この地を勧請の地と定めた。「相模風土記」には「文治年中佐々木盛綱当山に詣で、老松の辺りに到るに、この松平日風なきに枝葉靡き動く」と記される。以来、社は「三神社」または「八王子社」と称された。
元弘3年(1333年)…