17世紀初頭、江戸幕府はキリスト教を危険思想とみなし、全国規模での禁教・弾圧政策を推進した。仙台藩においても例外ではなく、藩内に潜伏していた宣教師や信徒が次々と摘発された。1624年(寛永元年)、仙台藩の刑場が置かれた片平丁において、スペイン出身のドミニコ会宣教師ディエゴ結城(ルイス・フロレス)らおよび多くの日本人信徒が処刑されたと伝わる。これは幕府の禁教令に基づく組織的な弾圧の一環であり、東北地方におけるキリシタン殉教の象徴的な出来事とされる。近代以降、キリスト教の信仰が再び公認されると、殉教者の霊を慰めるため、処刑が行われたとされる片平丁の旧刑場跡に殉教碑が建立された。現在、碑が立つ周辺一…