多摩川に存在した古代からの渡船場跡で、承和2年(835年)の府中市史に既に運航の記録がある武蔵国荏原郡と橘樹郡を結ぶ交通の要衝。古代東海道の渡河点として機能し、江戸時代は東海道整備までは中原街道の主要な渡河点となり、大名行列や旅人が往来した。元禄15年(1702年)の赤穂浪士討ち入りに際しても、江戸入りの浪士が中原街道経由でこの渡しを通過したとの伝承が残る。1884年(明治17年)から地域住民の橋建設運動が始まり、1934年(昭和9年)12月の初代丸子橋開通により1300年近く続いた渡し場は廃止された。初代丸子橋は「かながわの橋100選」に選ばれた名橋(2000年に架け替え)。現在は中原街道と上丸子八幡町の交差点付近に史跡碑が立ち、2014年からは年1回「丸子の渡し」再現イベントが開催されている。