慶長13年(1608年)に徳川秀忠が中原街道沿いの小杉陣屋の西隣に造営した将軍家の休息・宿泊施設の跡。寛永17年(1640年)に約12,000坪の敷地で再築され、家康・秀忠・家光・家綱の四代が江戸と駿府を結ぶ中原街道の往還や鷹狩の休息地として利用した。当時の小杉村は大名・武士・町人・旅芸人で賑わう川崎屈指の要衝で、中原街道が御殿付近でカギ形に折れ曲がる独特の街路形状(「カギの道」)は御殿防衛のために設計された。近隣の多摩川・西明寺・泉澤寺も御殿防衛に機能した。明暦元年(1655年)に建物の一部が品川東海寺に、寛文12年(1672年)に残りが上野弘文院に移築されて御殿は廃止。現在は西明寺境内に跡地の石碑が残り、川崎市周知の埋蔵文化財包蔵地(城館跡)として保存されている。