愚堂東寔(1577-1661年)は美濃国大森(現・岐阜県山県市)に生まれ、15歳で出家して臨済宗妙心寺の聖沢院に入門した。悟りを開いた後、諸国を行脚して禅風を広め、後水尾天皇・徳川家光・保科正之ら公武の枢要な人物の帰依を受けた。剣豪・宮本武蔵が青年時代に愚堂に参禅したとの伝承もある。大本山妙心寺の住持を前後3度にわたって務め(第137世等)、無難禅師・盤珪国師ら後進の大禅匠にも深く影響を与えた江戸前期臨済宗の中心人物である。
万治元年(1658年)、後水尾天皇の外護のもと北花山の地に禅院が建立され、愚堂が晩年の修行道場とした。万治4年(1661年)、愚堂は85歳でこの地に入定し、境内に「愚堂…