斉明天皇2年(656年)、高句麗からの渡来人・伊利之使主が牛頭天王を祀ったことに始まると伝わる全国約2,300社の八坂神社・祇園社の総本社。主祭神の素戔嗚尊(牛頭天王と同一視)は疫病除け・旅行安全・縁結びの神として崇められ、妃神の奇稲田姫命・八柱御子神を合祀する。7月に行われる祇園祭の山鉾巡行はユネスコ無形文化遺産に登録された世界的規模の祭礼で、ゴブラン織りなどシルクロードの至宝を懸装品に用いた33基の山鉾が京都市内を巡る壮観な光景を繰り広げる。境内南側の西楼門は国宝に指定されており、四条通から正面に見える朱塗りの姿は夜間のライトアップも相まって京都を代表する絶景となっている。境内は24時間無料で参拝でき、祇園の中心部に位置することから地元の人々の日常的な憩いの場として親しまれている。節分祭・宵宮祭・大晦日のおけら参りなど年間を通じて多彩な神事が催され、京都の信仰生活の核をなしている。
社伝によれば、斉明天皇2年(656年)に高句麗からの渡来人・伊利之使主が牛頭天王を祀ったのが起源とされ、別伝では貞観18年(876年)に僧・円如が観慶寺を建立し祇園神が東山の麓に降臨したと伝わる。貞観11年(869年)、疫病の流行時に神泉苑で御霊会が行われ、元慶元年(877年)には当社で御霊会が催行。天禄元年(970年)頃から毎年の祭礼となり祇園祭へ発展した。延久2年(1070年)に朝廷から不入権を認められ、紀氏一族が執行家として世襲支配。至徳元年(1384年)に足利義満が比叡山延暦寺から分離させ、以降は京の町衆が祇園祭を主催するようになった。慶応4年(1868年)の神仏分離令で「祇園感神院」…