正応4年(1291年)、亀山法皇が自らの離宮・禅林寺殿を禅寺に改め、80歳の無関普門(大明国師)を開山に招いて龍安山禅林禅寺と名付けたのが創始。二世の規庵祖円(南院国師)が実質的に伽藍建設を指揮し、永仁7年(1299年)頃に寺観が整った。建武元年(1334年)に後醍醐天皇が南禅寺を京都五山第一と定めたが、至徳3年(1386年)足利義満は南禅寺を「五山の上」に位置づけ、以後日本臨済宗の最高格式となった。応仁元年(1467年)の応仁の乱で法堂など主要伽藍が焼失、文明11年(1479年)頃に法堂が再建されたが復興は遅々として進まなかった。慶長10年(1605年)、金地院崇伝(以心崇伝)が入寺してから…