空也上人(903–972年)は平安中期の僧で、「市聖(いちひじり)」と呼ばれ庶民の間に念仏を広めた先駆者。承平年間(931–938年)、七条・堀川付近で市の守護神の啓示を受け、庶民が集まる市の場所に道場を開いたのが金光寺の起源とされる。踊り念仏の拠点として機能し、念仏と踊りを組み合わせた独自の布教スタイルで都の庶民に受け入れられた。この踊り念仏は後に時宗を開いた一遍上人(1239–1289年)にも影響を与えたとされ、金光寺は時宗市屋派の本刹として位置づけられた。天正19年(1591年)の秀吉による都市改造で現在地に移転し、現在も下京の一角に念仏信仰の場として存続している。