金峯山寺は、7世紀後半の白鳳年間(650年頃)に役行者(役小角)が吉野山で修行中に蔵王権現を感得し、山桜の木にその姿を刻んで堂宇を建立したのが起源と伝わる。以来、吉野山は修験道の根本道場として栄え、平安時代には多くの修行者や貴族が入峯するようになった。11世紀には白河法皇をはじめとする法皇・上皇の御幸が相次ぎ、山上の霊場として朝廷からの篤い崇敬を受けた。中世には南北朝の争乱期に後醍醐天皇が吉野に南朝を開き、金峯山寺はその精神的支柱となった。しかし戦国期の兵火により堂宇の多くが焼失し、現存する蔵王堂は天正18年(1590年)に豊臣秀吉の寄進により再建されたものである。江戸時代には修験道が幕府の政…