吉野水分神社の創建は古く、文武天皇2年(698年)に祈雨の記録が残ることから、少なくともこの頃には社が存在したとされる。水の分配を司る天之水分大神を祀る式内社として『延喜式』にも記載され、古代より大和国における水利信仰の中心的な社として崇敬を集めた。中世には「子守宮」の通称で知られるようになり、子授け・安産の神としての信仰も広まった。豊臣秀吉が子授け祈願に訪れ、のちに豊臣秀頼を授かったという逸話が伝わり、慶長10年(1605年)に秀頼がその報恩として現在の社殿を寄進・再建した。この社殿は桃山建築の特色を色濃く残し、本殿をはじめとする建築群は国の重要文化財に指定されている。明治以降は近代社格制度…