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都営大江戸線 牛込神楽坂駅から徒歩4分
東京都新宿区袋町15
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開基・創建者
開基: 松平次郎左衛門信貞 / 開山: 清誉上人光照
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来(行基作と伝承)」のご神徳に由来
樹王山正覚院と号する浄土宗の寺院で、増上寺の末寺。慶長8年(1603年)に神田元誓願寺町で開山され、正保2年(1645年)に現在地へ移転した。この地はかつて牛込氏の居城・牛込城があった場所で、新宿区指定史跡となっている。江戸時代には出羽松山藩(庄内藩分家)酒井家の菩提寺として藩主一族の墓所が営まれ、境内には歴代藩主の墓石群が残る。文化財の宝庫としても知られ、本尊の阿弥陀如来像は行基作と伝わるほか、新宿区最古の仏像とされる鎌倉時代(13世紀)の木造地蔵菩薩像、木食五行明満(1718-1810年)作の十一面観音像、室町時代(14世紀)の阿弥陀三尊来迎図、室町時代(15世紀)の法然上人像など多数の区登録文化財を所蔵。また境内にはキリシタン灯籠と伝わる石造物が現存し、禁教時代の隠れキリシタン信仰の痕跡を留める貴重な遺物として注目される。文政8年(1825年)の「諸国旅人供養碑」は牛込を通過して客死…
慶長8年(1603年)、松平次郎左衛門信貞(松平昌安)を開基、真蓮社清誉上人光照(寛永15年・1638年寂)を開山として神田元誓願寺町に創建。正保2年(1645年)に現在の牛込袋町へ移転した。この地は戦国時代に牛込氏の居城・牛込城があった場所で、牛込氏は大胡氏を祖とし、後北条氏に仕えた武将であった。天正18年(1590年)の小田原征伐で北条氏が滅亡すると牛込氏は徳川家康に従い、城は廃されたが「牛込」の地名はこの城に由来する。光照寺の移転後は出羽松山藩(庄内藩分家・2万5千石)酒井家の菩提寺として藩との深い結びつきを持ち、境内には歴代藩主の墓所が現存する。境内のキリシタン灯籠は、禁教令下で密かに…
光照寺は法然を宗祖とする浄土宗に属し、増上寺の末寺として念仏信仰を伝えてきた。境内には室町時代(15世紀)の法然上人画像が所蔵されており、新宿区登録文化財に指定されている。専修念仏を説いた法然の教えは、武家から庶民まで広く浸透し、江戸時代には増上寺を頂点とする関東浄土宗寺院のネットワークを形成。光照寺もその一翼を担い、出羽松山藩酒井家の菩提寺として武家社会の信仰を支え、同時に「諸国旅人供養碑」に見られるように庶民の死者をも弔う場として機能した。
天和3年(1683年)、徳川家康による江戸城拡張計画の一環として、安養寺は牛込の旧地から神楽坂6丁目の現在地に移転を命じられた。家康の都市計画により多くの寺社が移転を余儀なくされたが、安養寺もその一つであり、神楽坂の寺町形成に大きく寄与した。
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