文永11年(1274年)頃、鎌倉幕府の御家人・**宿屋光則(しゅくや みつのり)**が開基となり、日蓮の直弟子(六老僧の一人)・**日朗(にちろう)**上人を開山として自邸跡に創建した日蓮宗の寺院。山号は父・行時の名を冠した**行時山(ぎょうじさん)**、本尊は木像阿弥陀三尊立像。住所は鎌倉市長谷3-9-7。
創建の直接の契機は文永8年(1271年)の**竜ノ口法難**である。日蓮が幕府に捕らえられ処刑寸前に佐渡流罪となった際、弟子の日朗・日眞、壇那の四条金吾父子らが幕府の寺社奉行・宿屋光則の邸内の**土牢**に監禁された。光則は当初は看守の立場だったが、日朗の不屈の信仰と日蓮の教義に次第に感化された。文永11年(1274年)に日蓮が赦免されて佐渡から帰還すると、光則は帰依を深め、自邸を寺院に改めた。迫害する側から篤信者へという転換は、日蓮宗の法難史の中でも稀有な事例として今も語り継がれ…