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将門塚
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将門塚
東京都
創建
940
種別
史跡
アクセス
東京メトロ大手町駅C6a出口すぐ
東京都千代田区大手町1-2-1
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基本情報
史跡
創建 940
1086年目
概要
大手町のオフィス街に佇む平将門の首塚。天慶3年(940年)、朝廷に反旗を翻した将門は藤原秀郷に討たれ、京都でさらし首にされた。しかしその首が関東へ飛び帰り、この地に落ちたという伝説が残る。移転や撤去を試みるたびに祟りが起きるとされ、関東大震災後の大蔵省仮庁舎建設時やGHQの駐車場計画時にも不幸が続いたため中止された。現在も周辺の企業は塚に背を向けないようデスクを配置するという。東京最強のパワースポット。
由緒
940年、平将門の首が京都から飛来したとの伝説に基づく。1923年の関東大震災後に大蔵省仮庁舎を建設した際、職員に不幸が相次ぎ将門の祟りとされた。戦後のGHQ駐車場計画も中止。2021年に周辺再開発に合わせて整備された。

関連する歴史的事件
1

940
平将門の乱
天慶2年(939年)、関東の豪族・平将門が常陸・下野・上野の国府を次々に攻め落とし、自ら「新皇」を称して朝廷に反旗を翻した。将門は関東一円を支配下に収め、独立政権の樹立を目指したが、天慶3年(940年)2月、従弟の平貞盛と下野押領使・藤原秀郷の連合軍に猿島郡で討たれた。首は京都に送られてさらし首にされたが、やがてその首が東国へ飛び帰ったという伝説が生まれ、落ちた場所が「将門塚」として現在も大手町に祀られている。将門の乱は東国武士の自立の萌芽であり、200年後の源平合戦、鎌倉幕府成立への遠い前奏曲でもあった。
もっと詳しく →
平将門とのつながり
天慶3年(940年)2月14日、下総国猿島郡にて藤原秀郷・平貞盛の連合軍に討たれた。享年不詳(推定40歳前後)。新皇を称し関東に独立政権を樹立したが、わずか2ヶ月で鎮圧された。京都で晒された首は三日後に目を見開き、胴体を求めて東方に飛び去ったという伝説がある。首が落ちた場所がこの将門塚とされる。以来、塚の移転や取り壊しを試みると祟りが起こるとされ、関東大震災後の大蔵省庁舎建設時やGHQの撤去計画時にも怪異が報告された。

ゆかりの人物
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