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松島五大堂
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松島五大堂
宮城県
創建
1604
種別
寺院
アクセス
JR仙石線松島海岸駅から徒歩約5分
宮城県宮城郡松島町松島字町内111
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基本情報
寺院
創建 1604
422年目
御祭神・御本尊
五大明王
宗派
臨済宗妙心寺派

この地で詠まれた句
1

松島や鶴に身を借れほととぎす
河合曾良 1689年
季語
ほととぎす(夏)
奥の細道、陸奥・松島にて。同行した曽良の句。
松島の絶景に芭蕉は句を詠めず黙したと伝わるが、同行の曽良はこの一句を残した。ほととぎすよ、松島には鶴の姿こそ似合うから、鶴の姿を借りて飛べ、という諧謔。

お祭り・行事
1

8月
20
五大堂 御開帳
33年に1度だけ秘仏五大明王像が公開される。松島の海をバックにした国宝建築。
概要
松島湾の小島に建てられた五大堂は、東北地方最古の桃山建築として知られる重要文化財。坂上田村麻呂が毘沙門堂を建立したのが始まりとされ、後に慈覚大師円仁が五大明王を祀り「五大堂」と称された。現在の建物は伊達政宗が1604年(慶長9年)に再建したもので、桃山時代の建築様式を伝える貴重な遺構である。正面の唐破風と桃山時代の装飾が美しく、東北の寺社建築の精華とされる。堂内には五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉)が安置されているが、33年ごとの開帳の時のみ公開される。五大堂に渡る橋は「透かし橋」と呼ばれ、板の隙間から海が見える構造になっている。松島観光の核心的スポット。
由緒
五大堂の起源は延暦年間(782〜806年)にさかのぼるとされ、坂上田村麻呂が東征の際に毘沙門堂を建立したのが始まりと伝わる。9世紀前半、慈覚大師円仁が五大明王像を安置し、堂を「五大堂」と称したとされる。その後、中世を通じて奥州の有力勢力の庇護を受けながら法灯を維持したとみられるが、詳細な経緯は明らかでない。近世に入り、仙台藩祖・伊達政宗が1604年(慶長9年)に現在の堂宇を再建した。この建物は桃山時代の建築様式を色濃く残す東北地方最古の桃山建築として高く評価され、国の重要文化財に指定されている。堂内には五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉)が安置され、33年に一度の御開帳の際にのみ…
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伊達政宗とのつながり
政宗は1604年に五大堂を再建し、松島の景観整備に力を尽くした。桃山様式の豪華な堂宇は政宗の美的センスと権力を示す建築として今も残る。

ゆかりの人物
1

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