万治元年(1658年)、中国明朝から来日した黄檗宗開祖・隠元隆琦禅師が日本で初めて開いた寺院として名高い古刹。山号は永寿山、本尊は釈迦如来坐像。元は深川に真言宗・自肯庵として始まり、曹洞宗の独本性源が住持した後、隠元の来日を機に黄檗宗へ改宗し「海福寺」と号した。明治43年(1910年)に深川から現在地(下目黒、青木昆陽墓の隣)へ移転。本堂は大正天皇幼少期の養育建築を転用したもので国登録有形文化財、天和3年(1683年)作の梵鐘は中国鐘と日本古鐘の折衷様式として東京都指定文化財、木造阿弥陀如来立像(推定12世紀)と四脚門(江戸中期、宇和島藩伊達家寄進)はいずれも目黒区指定文化財で、文化財の宝庫と呼ばれる黄檗宗の名刹。江戸の対明中国文化交流史・黄檗様式建築の系譜を今に伝える重要寺院で、隣接する青木昆陽墓・目黒不動尊と合わせて目黒の歴史散策に欠かせない。