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明月院
明月院
神奈川県
創建
1160
種別
寺院
アクセス
JR北鎌倉駅から徒歩10分
神奈川県鎌倉市山ノ内189
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基本情報
寺院
創建 1160
866年目
御祭神・御本尊
聖観世音菩薩
宗派
臨済宗建長寺派
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「聖観世音菩薩」のご神徳に由来
概要
永暦元年(1160年)、平治の乱で散った首藤山ノ内俊通の菩提を弔うため子の経俊が明月庵を建立したのが始まり。後に北条時頼が最明寺を建て、その後裏山に時頼の子・時宗が蘭渓道隆を開山に禅興寺を創建し、明月院はその塔頭となった。「紫陽花寺」の異名で全国に知られ、6月には約2,500株のヒメアジサイが参道を青一色に染め上げる。本堂後庭園の円窓「悟りの窓」は四季折々の庭園を丸く切り取る名景で、鎌倉を代表するフォトスポット。鎌倉十井の一つ「瓶の井(つるべのい)」や、鎌倉最古のやぐら(岩窟墓)群も見どころ。北条時頼の墓所がある。JR北鎌倉駅から徒歩10分。
由緒
1160年に明月庵として創建。1256年に北条時頼が最明寺を建立、死後にこの地に葬られた。1380年に関東管領・上杉憲方が禅興寺を中興、明月院はその塔頭として整備された。明治の廃仏毀釈で禅興寺は廃寺となったが、明月院のみが残り現在に至る。

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北条政子とのつながり
正治2年(1200年)、政子は亡き夫・頼朝の菩提を弔うため、頼朝の父・義朝の旧邸跡に寿福寺を創建した。開山には宋から帰国したばかりの栄西を迎えた。政子の死後、裏山のやぐら(岩窟墓)に五輪塔が建てられ、政子の墓と伝えられている。
源頼朝とのつながり
寿福寺は頼朝の父・源義朝の旧邸跡に建てられた。頼朝自身もこの地を鎌倉入りの拠点にしようとしたが、すでに岡崎義実が堂宇を建てていたため断念し、大倉に幕府を開いた。頼朝の死後、妻・政子がこの地に寿福寺を建立して菩提を弔った。

ゆかりの人物
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