大田区新蒲田に鎮座する古社で、正平13年(1358年)に新田義貞の次男・新田義興が矢口の渡しで謀殺された際の伝承に由来する神社。祭神は大物主命・事代主命・倉稲魂命で、地元では「道塚さま」の愛称で親しまれる。社伝によれば、義興暗殺に加担した竹沢右京亮らが義興の怨霊に悩まされ、地元の人々が塚を築いて祀ったのが起源と伝わる。江戸時代には下蒲田村の鎮守として信仰を集め、境内には区内最古級の万治2年(1659年)銘の庚申塔が現存する。社殿は戦災を免れた昭和初期の建物。毎年9月の例祭では町神輿連合渡御が行われ、呑川流域の下町文化を今に伝える。