大田区西蒲田に鎮座する鎌倉時代末期の伝承を持つ神社。正平13年(1358年)に矢口渡で謀殺された新田義興の侍女・少将局(しょうしょうのつぼね)の塚に由来する「女塚」の地名を社名とする。祭神は誉田別命(応神天皇)。少将局は義興の最期を知って悲嘆のあまりこの地で自刃したと伝わり、地元の人々が塚を築き供養したのが起源。江戸時代には女塚村の鎮守として信仰を集め、明治時代に村社に列せられた。境内には「女塚」の石碑・由緒碑が立ち、新田義興ゆかりの女性の悲劇を今に伝える貴重な史跡として大田区の名所となっている。桜の名所としても知られ、春には花見客で賑わう。