寛永7年(1630年)、徳川家康・秀忠・家光三代に旗本として仕え「天下のご意見番」として講談・逸話で親しまれた**大久保忠教(彦左衛門、1560-1639年)**が自らの菩提寺として麻布六本木に創建した法華宗陣門流の寺院で、別名「大久保寺」として知られる。寛文8年(1668年)の火災により旧地が焼けて現在地の白金2丁目へ移転し、以後「白金の大久保寺」として江戸武家文化の記憶を伝えてきた。境内には鞘堂付きの大久保彦左衛門の墓が現存し、『三河物語』を著して戦国〜江戸初期の徳川家臣団の気概を後世に伝えた彦左衛門の足跡を今に偲ぶことができる。彦左衛門は大御所家康の側近として姉川・長篠・関ヶ原など主要合戦に従軍した歴戦の旗本で、家光時代には御目付として幕政を諫めたことから「ご意見番」の異名を得た。落語・講談・小説で繰り返し題材となる庶民的英雄の眠る、泉岳寺からほど近い白金の古刹。