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伊達政宗終焉の地(仙台藩外桜田上屋敷跡)
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伊達政宗終焉の地(仙台藩外桜田上屋敷跡)
東京都
創建
1636
種別
史跡
アクセス
地下鉄日比谷駅から徒歩3分、JR有楽町駅から徒歩6分
東京都千代田区日比谷公園1-6(日比谷公園内)
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基本情報
史跡
創建 1636
390年目
概要
慶長6年(1601年)、仙台藩祖・伊達政宗が徳川家康より拝領した江戸屋敷の跡地で、現在の日比谷公園心字池西岸から庭球場東端、日比谷濠沿いから小音楽堂付近までに広がった広大な上屋敷であった。3代綱宗の代まで60年にわたり仙台藩主江戸在勤の拠点となり、家康が3度、2代秀忠・3代家光がそれぞれ4度訪問してもてなしを受けた記録が残る外桜田の名邸。寛永13年(1636年)5月24日、政宗は70歳でこの屋敷の内で生涯を閉じ、「独眼竜」と称された奥州の英雄の最期の地となった。寛文元年(1661年)まで仙台藩江戸屋敷として機能した後、明治の日比谷公園整備に伴い消滅したが、現在は日比谷公園内に説明板と標石が立ち、公園散策の中で奥州伊達氏の江戸における威光と政宗終焉のドラマを偲ぶことができる。
由緒
1601年家康から政宗に下賜された仙台藩外桜田上屋敷跡。家康・秀忠・家光が通算11度訪問。1636年政宗が70歳で逝去。1661年まで仙台藩邸として機能し、明治の日比谷公園整備で消滅。現在は公園内に標石。
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