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宝珠院
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宝珠院
東京都
創建
1685
種別
寺院
アクセス
都営大江戸線赤羽橋駅から徒歩5分
東京都港区芝公園4-8-55
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基本情報
寺院
創建 1685
341年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
本尊
開運出世大弁財天
閻魔大王
宗派
浄土宗
ご利益
商売繁盛
金運・財運
芸能・技芸上達
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「阿弥陀如来(本尊)・開運出世大弁財天・閻魔大王」のご神徳に由来
概要
貞享2年(1685年)に霊玄上人が開山した増上寺の塔頭寺院で、港区芝公園の弁天池のほとりに位置する浄土宗の寺院。本尊の閻魔大王坐像は寄木造で像高3メートルを超える迫力ある姿で、港区指定有形文化財。しかし宝珠院の最大の信仰対象は「開運出世大弁財天」で、智証大師円珍が貞観元年(858年)に竹生島にて彫刻し「除波尊天」と名付けた霊像が、源家・北条家を経て徳���家康の念持仏となったと伝わる。家康は江戸幕府開府の功績をこの弁財天に帰し、自ら「開運出世大弁財天」と名づけた。港七福神巡りの弁財天札所として正月には参拝者が列をなす。東京タワーの足元に位置する都心の霊場。
由緒
貞享2年(1685年)霊玄上人が増上��塔頭として開山。弁財天像は智証大師円珍が858年に竹生島で彫刻し、源家・北条家を経て家康の念持仏となった。家康が「開運出世大弁財天」と命名。閻魔大王坐像は港区指定有形文化財。
徳川家康とのつながり
宝珠院に安置される弁財天像は、智証大師円珍が貞観元年(858年)に近江竹生島で彫刻したもので、源頼朝・北条時政を経て徳川家康の念持仏となった。家康は江戸幕府開府の成功をこの弁財天の霊験に帰し、自ら「開運出世大弁財天」と命名。以後、増上寺塔頭���宝珠院に安置され、徳川家の守護仏として崇められた。

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