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高輪築堤跡
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高輪築堤跡
東京都
創建
1872
種別
史跡
アクセス
高輪ゲートウェイ駅から徒歩2分、品川駅から徒歩8分
東京都港区高輪2丁目(高輪ゲートウェイ駅周辺)
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基本情報
史跡
創建 1872
154年目
概要
明治5年(1872年)、日本初の鉄道(新橋〜横浜間)が開業した際、高輪沖の海上に線路を敷設するために築かれた鉄道構造物の遺構。全長約2.7kmにわたり、浅瀬の海上に石垣と盛土で築堤を構築し、その上に線路を通した。海上走行は当時のヨーロッパにも例を見ない壮大な土木工事であった。令和元年(2019年)4月、JR東日本の高輪ゲートウェイシティ開発工事中に約1.3kmの築堤遺構が発見され、日本の鉄道黎明期を伝える貴重な遺産として大きな反響を呼んだ。令和3年(2021年)9月に「旧新橋停車場跡及び高輪築堤跡」として国指定史跡に指定。一部は現地保存され、高輪ゲートウェイ駅周辺の再開発地区で公開される予定。品川駅から徒歩8分。
由緒
明治5年(1872年)9月12日、日本初の鉄道が新橋〜横浜間で開業した。高輪付近では東海道(現・第一京浜)沿いの土地確保が困難だったため、高輪沖の浅海上に石垣と盛土で全長約2.7kmの築堤を構築し、その上に線路を通すという大胆な工法が採用された。設計はイギリス人技師エドモンド・モレル。海上を走る列車は当時の錦絵にも数多く描かれ、文明開化の象徴として人々を驚嘆させた。 大正期以降の埋立てにより築堤は地中に埋没し、長らく所在不明であった。令和元年(2019年)4月、JR東日本の高輪ゲートウェイシティ開発工事中に約1.3kmにわたる築堤遺構が出土し、日本の鉄道考古学における世紀の大発見として国内外…
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渋沢栄一とのつながり
明治5年(1872年)の鉄道開業は、渋沢栄一をはじめとする明治の実業家・官僚たちが推進した近代化の象徴であった。高輪築堤の建設は大隈重信・伊藤博文らが主導し、渋沢は鉄道国有化や関連インフラの整備に深く関わった。築堤の発見は明治の近代化遺産として渋沢らの功績を改めて顕彰する契機となった。

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