鎌倉市扇ガ谷3丁目に位置する日蓮宗の寺院。山号は正信山(多宝谷山とも)、本尊は三宝尊。旧本山は貞松山蓮永寺(静岡市清水区、親師法縁)で、開山は蓮永寺14世の豁林院日禅。
承応元年(1652年)、水戸藩初代藩主・徳川頼房(徳川家康の11男)が現在の文京区白山の地に水戸徳川家の祈願所として創建した。以来300年以上、江戸・東京で法燈を護ってきたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲により堂宇が全焼。戦後は東京での再建地確保が困難となり、昭和49年(1974年)に現在地——鎌倉市扇ガ谷の中世寺院跡——へ移転した。
現在地はもと弘長2年(1262年)に忍性菩薩が開山した「泉ヶ谷扇谷山多宝寺(真言律宗)」の旧跡。境内には鎌倉時代以来の遺構が複数残り、なかでも高さ326cm(台座込み)の大五輪塔「覚賢塔」と、延命地蔵大菩薩・稲荷大明神・第六天魔王を祀るやぐらは中世鎌倉の空気を今に伝える。鎌倉駅西…
現在の妙伝寺の境内地には、鎌倉中期から中世寺院が営まれていた。弘長2年(1262年)、真言律宗の僧・忍性菩薩(1217〜1303)が「泉ヶ谷扇谷山多宝寺」を開山したのがその始まりとされる。忍性は癩病患者の救済・橋梁建設など鎌倉における社会事業で知られ、北条時宗の帰依を受けた人物である。この多宝寺が後に廃絶した後、旧跡は荒廃して長らく中世の遺構のみを残すこととなった。
妙伝寺の開創は、それから約400年後の承応元年(1652年)に遡る。水戸藩初代藩主・徳川頼房(徳川家康の11男、1603〜1661)が、江戸の現・文京区白山の地に水戸徳川家の祈願所として創建した。開山は蓮永寺14世・豁林院日禅。…