永和4年(1378年)、日実上人によって四条大宮に創建された日蓮宗の本山寺院である。創建後しばらくして現在地である西陣に移転したとされる。戦国時代には織田信長が京都滞在の宿所として20回以上利用したことが知られ、当寺は政治・軍事の表舞台とも深く関わった。天正10年(1582年)の本能寺の変に際しては、信長の嫡男・信忠がこの寺を拠点としていたが、変報を受けて二条御所へ移り、そこで討ち死にした。桃山時代には豊臣秀吉が聚楽第の裏門をこの寺に移築したと伝わり、現存する大門はその遺構として桃山建築の豪壮な様式を伝える。千利休がこの地で茶会を開いた記録も残り、茶道文化との縁も深い。近世以降は西陣の町中に根…