長浦神明社の前身は、箱崎半島に鎮座していた「箱崎明神」である。江戸時代に編纂された地誌『新編相模国風土記稿』によれば、文禄4年(1595年)に鈴木歌之助なる人物が社殿を建立し、銅像の御神体を奉斎したことが記されており、これが当社の史料上の初出とされる。天照大神を祭神とする神明社として、以来長浦村の産土神・鎮守の神として地域住民の篤い崇敬を受けてきた。
近世末から明治初期にかけて、長浦・横須賀周辺では海軍施設の整備が急速に進んだ。明治13年(1880年)、箱崎半島の土地が海軍用地として買収されるに至り、神社は半島を離れて長浦村西ノ浦浜の地へ遷座を余儀なくされた。新たな地での鎮守としての役割を担…