ホーム
>
都道府県から探す
>
愛知県
>
名古屋市
>
地下鉄鶴舞線大須観音駅
>
本願寺名古屋別院(西別院)
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
本願寺名古屋別院(西別院)
愛知県
北斎が120畳の大達磨を描いた西本願寺の名古屋別院・名古屋三大仏教拠点「西別院」
創建
1609
種別
寺院
アクセス
地下鉄鶴舞線大須観音駅から徒歩7分、名城線東別院駅から徒歩10分
愛知県名古屋市中区門前町1-23
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1609
417年目
御祭神・御本尊
宗派
浄土真宗本願寺派
概要
通称「**西別院(にしべついん)**」。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の名古屋別院で、本尊は阿弥陀如来。慶長14年(1609年)の清洲越しに伴って現在地へ移り、享保2年(1717年)に西本願寺の末寺「**名古屋御坊**」として整えられた、尾張における浄土真宗本願寺派の中核寺院。真宗大谷派の**東別院**、**大須観音**とともに名古屋三大仏教拠点を形成する。最大の名場面は文化14年(1817年)10月5日、絵師**葛飾北斎**が境内に120畳敷(縦約18メートル)の紙を広げ、達磨大師の半身像を一気に描き上げた大興行であり、これによって北斎は「**だるせん(達磨先生)**」と呼ばれた。当日の和紙・筆・絵具から進行までは尾張藩士・高力猿猴庵の記録『**北斎大画即書細図**』(名古屋市博物館蔵)に克明に残る。昭和20年(1945年)5月17日の名古屋空襲でほぼ全焼したが、昭和47年(1972年)に…
もっと読む
由緒
起源は明応年間の願証寺系。慶長14年(1609年)清洲越しで現在地へ移り、享保2年(1717年)西本願寺末寺「名古屋御坊」として成立。文化14年(1817年)葛飾北斎が境内で120畳の大達磨を描き「だるせん」と呼ばれた(高力猿猴庵『北斎大画即書細図』に記録)。1945年5月17日空襲で焼失、1972年に古代インド中天竺様式の本堂を再建。江戸前期の鐘楼は名古屋市指定文化財。
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード