通称「**西別院(にしべついん)**」。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の名古屋別院で、本尊は阿弥陀如来。慶長14年(1609年)の清洲越しに伴って現在地へ移り、享保2年(1717年)に西本願寺の末寺「**名古屋御坊**」として整えられた、尾張における浄土真宗本願寺派の中核寺院。真宗大谷派の**東別院**、**大須観音**とともに名古屋三大仏教拠点を形成する。最大の名場面は文化14年(1817年)10月5日、絵師**葛飾北斎**が境内に120畳敷(縦約18メートル)の紙を広げ、達磨大師の半身像を一気に描き上げた大興行であり、これによって北斎は「**だるせん(達磨先生)**」と呼ばれた。当日の和紙・筆・絵具から進行までは尾張藩士・高力猿猴庵の記録『**北斎大画即書細図**』(名古屋市博物館蔵)に克明に残る。昭和20年(1945年)5月17日の名古屋空襲でほぼ全焼したが、昭和47年(1972年)に…