寛文4年(1665年)、尾張藩2代藩主・**徳川光友**が、かつて「千本松原刑場」が設けられ約200人もの**キリシタン**が処刑された地に、殉教者と刑場犠牲者の菩提を弔う寺院として建立した西山浄土宗の寺。本尊は鎌倉時代制作の寄木造・玉眼・像高223cmの阿弥陀如来坐像(愛知県指定文化財)で、圧倒的な尊容を誇る。当地の千本松原刑場跡には慶安2年(1649年)に町岡新兵衛が建立した供養塔があり、後に「**千人塚(切支丹塚)**」と呼ばれて江戸期を通じて犠牲者の記憶を伝えてきた。寛文期の尾張藩によるキリシタン弾圧政策は、元和大殉教(江戸)・長崎大殉教と並ぶ日本キリシタン迫害史の痛切な一章で、栄国寺境内には**切支丹遺跡博物館**(無料)が設けられ、キリシタンの遺物・遺品・資料が展示される。天保12年(1841年)には京都方広寺大仏再建資金のため出開帳が行われた記録も残り、近世名古屋仏教と近世宗…