767年(神護景雲元年)、勝道上人が男体山(二荒山)山頂に祠を建て、大己貴命を祀ったことに始まると伝わる。以来、二荒山神社は日光山岳信仰の中核として発展し、平安時代には朝廷からの崇敬を受けた。中世には日光山全体が修験道・神仏習合の霊場として栄え、関東諸将の崇敬を集めた。近世に入ると、1617年(元和3年)の東照宮造営以降、徳川幕府による手厚い保護のもとで社殿の整備・拡充が進められ、日光信仰の中心地として一層の繁栄をみた。1871年(明治4年)の神仏分離令により日光山から仏教的要素が切り離され、二荒山神社は独立した神社として近代的な体制を整えた。1999年(平成11年)には「日光の社寺」の一部と…