創建年代は不詳だが、古くより千代田村紅葉(現在の皇居内)に鎮座していたと伝わる。文明年間(1465年頃)に太田道灌が江戸城を築城する際、城隍の鎮守として溜池(現・赤坂)に遷座させた。道��は鎌倉時代の名刀工・粟田口久国の作刀を奉納したことから「久国稲荷神社」と称されるようになった。永禄3年(1560年)にその地が公用地となったため、寛保元年(1741年)に現在の六本木に遷座。昭和20年(1945年)の空襲で社殿は全焼したが、道灌が奉納した名刀は守り抜かれ現存する(非公開)。六本木の繁華街から一歩入った閑静な杜に鎮座し、都心のオアシスとして地元住民に親しまれている。