応永元年(1394年)、武蔵国豊島郡岸之村(現在の芝公園一帯)の鎮守として勧請された、東京でも最も古い神社のひとつ。当初は「岸之稲荷」と称したが、氏子・信者に幸事が続出したことから「幸稲荷」と尊称されるようになった。祭神は倉稲魂命・伊弉冉神・誉田別命(応神天皇)・息長足姫命(神功皇后)・足仲彦命(仲哀天皇)の五柱。寛永年間に府内古社十三社に数えられた格式を持つ。境内には増上寺十三世・観智国師の「御祠石」が伝わり、石に水をかけて祈れば熱病が癒え、子供の夜泣きが止むという霊験がある。増上寺が芝の地に移転する際、国師の夢枕に稲荷大明神が現れて守護を約束したとの伝説も残る。東京タワーの足元に静かに鎮座する。