創建年代は不詳だが、江戸時代後期には南青山一帯の稲荷鎮守として既に存在していたとされる。社名の由来は境内に根を張っていた巨大な松の木にある。記録によれば、この松は「二十間四方」(約40メートル超)に及ぶ大きな樹冠を広げ、南青山の景観を象徴する存在であった。天保年間(1830〜1844年)頃、激しい嵐によってこの巨松は根元から倒れた。地域の人々はその大きな根を御神霊の依代として神聖視し、その場所に社を設けて祀ることとした。この根は現在も社殿の床下に保存されていると伝わり、「大松」の名は今日まで社名として刻まれている。江戸期には周辺の組屋敷(下級武士の共同住宅地)に暮らす武士たちが参拝し、例祭では…