天和2年(1682年)の天和の大火で避難先の寺で寺小姓・吉三と恋に落ちた八百屋お七が、翌1683年に吉三との再会を願って放火し鈴ヶ森刑場で火刑に処されたという江戸三大悲恋物語の一つ「八百屋お七事件」にちなむ史跡の井戸で、お七没後に出家して「西運」を名乗った吉三が大圓寺坂下の明王院に身を寄せ、この井戸で毎日水垢離を取ってから目黒不動〜浅草寺往復約40kmの隔夜念仏行を27年5ヶ月・一万日成就した伝説の現場。明王院は明治13年(1880年)頃まで存在したが廃寺となり、現在は目黒雅叙園東京のエントランスから庭園一帯が旧境内地で、お七の井戸もホテル入口駐車場付近に保存されている。井戸端に立てば、江戸期の恋愛悲劇と仏法修行のドラマが交差する時代を偲べる目黒の隠れた名所で、隣接する大圓寺の八百屋お七供養塔とセットで巡ると物語の全貌が見えてくる江戸庶民信仰史の重要拠点。