伏見の桃山は文禄3年(1594年)に豊臣秀吉が伏見城(木幡山伏見城)を築城して以来、政治・軍事の中心地として栄えた地。関ヶ原の戦い(1600年)の後、徳川家康が伏見城をほぼ解体して伏見の町割りを再整備し、「桃山町」の各地名は当時の大名・武家の陣屋・屋敷跡に由来する。「松平武蔵」は松平氏の武蔵国ゆかりの屋敷地を示す地名で、江戸時代の武家地の痕跡。
宝円寺(寶圓寺)はこの伏見桃山の地に立つ浄土宗の寺院で、御香宮神社(ごこうのみや)の近くに位置する。御香宮神社は神功皇后を主祭神とする延喜式内社で、伏見城の守護神として徳川家康・秀忠・家光らが社殿を再整備した。また伏見の水(御香水・ごこうすい)が湧く…