狭井神社の創建年代は明らかでないが、大神神社の摂社として古代から存在したと伝わる。大神神社の祭神・大物主大神の荒魂を祀る社として、奈良時代以前より信仰を集めてきたとされる。『日本書紀』や『古事記』にも三輪山信仰に関する記述が見られ、狭井神社はその信仰体系の一翼を担う社として位置づけられてきた。中世には度重なる戦乱や社会的混乱の中で一時衰退したとされるが、三輪山への登拝口としての役割は継続して担われた。近世以降、病気平癒の神として広く知られるようになり、拝殿裏の薬井戸から湧き出る神水は万病に効くと信じられ、全国各地から参拝者が訪れるようになった。明治時代の神社制度の再編においても摂社としての位置…