京都市伏見区深草大亀谷西寺町に位置する浄土宗の寺院。山号は如意山、院号は光厳院。院号「光厳院」は、南北朝時代に北朝の初代天皇として即位した光厳天皇(院号: 光厳院、1313-1364)にちなむとされ、この地が北朝皇統にゆかりの深い深草の地に建つことと呼応する。本尊は阿弥陀如来。通常は非公開で節分の日のみ拝観が許される秘仏的な寺院として知られる。かつては「伏見七福神」の寿老人の札所として参拝者を集めたが、昭和32年(1957年)に伏見七福神が廃絶して以降、その役割は失われた。深草は後深草天皇・伏見天皇・後伏見天皇らの陵墓が集中し、皇室と縁が深い地域であり、当寺もその歴史的環境のなかで法灯を守り続けている。JR藤森駅から徒歩圏内の閑静な住宅地の一角に静かに佇む。
西福寺が位置する深草大亀谷の地は、平安時代以来、嵯峨・仁明・文徳・清和・陽成・光孝・宇多天皇らの皇族が関わった「深草の里」の一帯にあたる。奈良時代の桓武天皇による山城国遷都以降、深草は伏見稲荷大社の神域と皇室陵墓が重なり合う聖地的な空間として認識されてきた。南北朝時代(14世紀)には、後醍醐天皇との対立の中で北朝側の天皇として即位した光厳天皇(在位1331-1333・上皇として北朝に関与1336-1352)が、その院号を「光厳院」とした。当寺の院号もまた「光厳院」であり、北朝の庇護を受けた寺院として成立した伝承を示している。光厳天皇は晩年に丹波国山国荘(現・京都市右京区)の常照皇寺に隠棲したが…