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西郷隆盛像(上野)
西郷隆盛像(上野)
創建
1898
種別
史跡
アクセス
JR上野駅公園口から徒歩1分
東京都台東区上野公園
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基本情報
史跡
創建 1898
128年目
概要
上野恩賜公園の入口に建つ東京を代表する銅像。明治31年(1898年)12月18日に除幕された高村光雲作の銅像で、愛犬ツンを連れて兎狩りに出かける姿を表す。高さ約3.7メートル(台座含め約12メートル)。除幕式に出席した西郷夫人・糸子は「うちの人はこんな顔じゃなか」と語ったとされるエピソードは有名。西南戦争で「朝敵」となった西郷の名誉が回復された象徴として建立。渋谷のハチ公像と並んで東京で最も有名な待ち合わせスポットの一つ。
由緒
西郷隆盛像は、西南戦争(1877年)で政府軍と戦い「朝敵」として没した西郷隆盛の名誉回復を象徴する目的で建立が計画された。1889年(明治22年)の大日本帝国憲法発布に際し明治天皇の大赦により西郷の賊名が雪がれたことを機に、建立に向けた機運が高まった。制作は明治を代表する彫刻家・高村光雲が担い、犬のツンの部分は後藤貞行が手がけたとされる。1893年(明治26年)頃から制作が本格化し、1898年(明治31年)12月18日に上野恩賜公園の入口にて除幕式が執り行われた。除幕式には西郷夫人・糸子も出席し、「うちの人はこんな顔じゃなか」と語ったとされるエピソードが広く知られる。銅像は高さ約3.7メートル…
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関連する歴史的事件
1

1868
上野戦争
慶応4年(1868年)5月15日、徳川慶喜に忠誠を誓う彰義隊約2,000名が上野の寛永寺に立て篭もり、大村益次郎率いる新政府軍と激突した。アームストロング砲の砲撃により、わずか1日で彰義隊は壊滅。寛永寺の大伽藍は焼失し、かつての徳川家の菩提寺は廃墟と化した。この地は後に日本初の公園・上野公園となる。
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西郷隆盛とのつながり
明治31年に除幕された高村光雲作の銅像。愛犬ツンを連れた兎狩り姿で、西南戦争で「朝敵」となった西郷の名誉回復の象徴として建立された。除幕式で夫人の糸子が「うちの人はこんな顔じゃなか」と語った逸話は有名。

ゆかりの人物
1

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