文政年間(1818〜1830年)、薬屋を営んでいた山本久三郎が所有地に3,000坪にわたる広大な梅園「梅屋敷」を開き、東海道を往来する旅人の休憩所として江戸庶民に親しまれた江戸の名所。歌川広重の『江戸近郊八景』『名所江戸百景』にもその景観が描かれ、「蒲田の梅屋敷」として全国に名を馳せた。幕末の安政年間には徳川十三代将軍家定が立ち寄った記録があり、明治に入ると明治天皇が明治元年(1868年)を皮切りに計9回にわたり行幸され、「聖蹟(せいせき)」と称される由緒ある行幸記念地となった。昭和28年(1953年)に東京都により史跡公園として整備され、「聖蹟蒲田梅屋敷公園」と命名された。現在も園内には約90本の梅が植栽され、毎年2〜3月には梅まつりが開催される。園内の明治天皇行幸記念碑(大正14年建立)・休憩所跡は大田区の指定史跡。